法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

「信念世界」と「仮説世界」

(1)嬉しい人、腹が立つ人

例えば、自分が非常に興味を持っていて、観察と実験を繰り返して探求を続けているような分野があったとします。それは機器の性能向上かもしれませんし、身体的な技能向上かもしれませんし、お店の売り上げ向上かもしれませんし、料理の味の向上かもしれません。

そのような分野について、他の人から知識や技能の間違いを指摘されたり、改善方法を教えてもらったりしたとします。

そのような場合に、嬉しいと思う人もいれば、腹が立つ人もいると思います。嬉しいと思う人は、さらなる向上につながる可能性に注目するからではないかと思います。腹が立つ人は、自分の努力を否定されたような気持ちになるからではないかと思います。


(2)怒りの感情の原因その2

一昨日、怒りの感情の原因のふたつめとして、各自の「世界認識」に反する言動を見たことを挙げました。

自分の間違いを指摘されたり、改善方法を教えてもらったりしたときに怒りの感情が湧き上がってくるとしたら、ここでいう「世界認識」に反する言動を見たときにあたったからではないかと思います。

逆に嬉しく思う人は、「世界認識」に反する言動にあたらなかったからではないかと思います。


(3)信念世界と仮説世界

ここで少し表現を変えてみたいと思います。

怒りの感情の原因のふたつめは、各自の「信念世界」に反する言動を見たときと表現してみます。すると、自分の間違いを指摘されたり、改善方法を教えてもらったりしたときに怒りの感情が湧き上がってくるのは、「信念世界」を攻撃されたと感じたからだ、と表現することができます。

一方で、自分の間違いを指摘されたり、改善方法を教えてもらったりしたときに嬉しくなる人は、「仮説世界」に生きていると表現してみます。「仮説世界」に生きる人にとって、「仮説」がブラッシュ・アップされるのは、とても嬉しいことです。だから、間違いや修正点があればどんどん教えてほしいと思っています。

「信念世界」に生きる人と、「仮説世界」に生きる人には、このような違いがあるのではないかと思います。私は、「仮説世界」に生きる人の方が技能や知見の向上速度が早いのではないかと思ってますが、実際のところはどうなのでしょう…