法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

振り上げた拳は下ろせるか?

(1)日本の死因

厚生労働省の「令和元年(2019)人口動態統計(確定数)の概況」のページで公開されている統計表によると、2019年の死因は下記の通りだそうです。2019年に限らず、肺炎で亡くなられる方々は毎年9〜10万人いらっしゃるようです。

順位 死因 死亡数 割合
第1位 悪性新生物<腫瘍> 376,425人 27.3%
第2位 心疾患 207,714人 15.0%
第3位 老衰 121,863人 8.8%
第4位 脳血管疾患 106,552人 7.7%
第5位 肺炎 95,518人 6.9%
第6位 誤嚥性肺炎 40,385人 2.9%
第7位 不慮の事故 39,184人 2.8%
第8位 腎不全 26,644人 1.9%
第9位 血管性等の認知症 21,394人 1.5%
第10位 アルツハイマー 20,730人 1.5%

また、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症について」の「国内の発生状況など」のページによると、COVID-19 で亡くなられた方は本日 5/8(土) までの累計で10,702名とのことです。

数字だけを見ると、肺炎で亡くなられている方は毎年およそ10万人で、COVID-19 で亡くなられた方はこの1年余りでおよそ1万人です。


(2)肺炎と COVID-19

Wikipedia の「肺炎」の解説によると、肺炎の原因は様々で、感染性としては細菌性・ウイルス性・真菌性があり、非感染性としては機械的・薬剤性・症候性等があるそうです。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、ウイルス性肺炎のひとつに分類されるのではないかと思います。前述の誤嚥性肺炎は機械的肺炎のひとつだそうです。

COVID-19 については、この1年余り、特別な対策が講じられてきました。だからこそ1万人で抑えられているのかもしれませんし、逆に基礎疾患で亡くなられた方々も PCR 検査で陽性であれば統計に含まれるからこその数字かもしれません。

はたして COVID-19 は世間で言われているように危険性が突出して高いのでしょうか、それとも普通の肺炎と同程度なのでしょうか。はたして COVID-19 の危険性と各種対策のバランスは取れているのでしょうか…。正確で広範囲な調査が必要ではないかと思います。


(3)初夏の妄想

以下は私の妄想です。

ひょっとしたら世界中の権威は、振り上げた拳を下ろせなくなっているのではないか。「今まで間違ったことを言ってました、ごめんなさい」では済ませられない状況になって、困っているのではないか。そこで一所懸命に落とし所を探しているのではないか。そして急造のワクチンを救世主に仕立て上げて、すべてを「なかったこと」にしようとしているのではないか。。

しかしながら世界中を見回すと、ワクチンを急速に接種すると、感染者数が却って急増する傾向が見られるそうです。

したがって、「なかったこと」にする作戦は、逆効果になるかもしれません。やがて、世界中の権威がどんどん失墜していくことになるかもしれません。権威があるように振舞っているだけで、実際には「砂上の楼閣」だったことが次第に明らかになっていくかもしれません。そうして長い年月を経るうちに、本当に頼りになる叡智が何なのか、明らかになっていくかもしれません。

この状況を、いつものようにアニメ『未来少年コナン』で喩えるなら、インダストリアの崩壊が迫っているのかもしれません。そしてハイハーバーの時代が来ようとしているのかもしれません。。

な〜んちゃって、明らかに根拠のないポジショントーク的な妄想でした(笑)

「山川草木悉皆成仏」と梅原猛、宮沢賢治、安然、大般涅槃経

「山川草木悉皆成仏」は私の好きな言葉のひとつです。初めて聞いたときに心に深く刻まれました。

やがてこの言葉は日本生まれだと知りました。そして最近になって、産みの親/育ての親は梅原猛だと知りました。下記論考にその経緯が詳しく書かれてました。「1970年代の後半くらいから梅原によって広められたようである」とのことです。あっという間に人々の心を掴んだようなので、今風に言えば優れたコピーライターだったんだなと思います。

ただし、同じような表現や思想はそれ以前からあったようです。


例えば、宮沢賢治の1918年(大正7年、22歳頃)の書簡に、次のような表現があるそうです。下記論考 p.75 に転載されてました。

「一人成仏すれば三千世界山川草木虫魚禽獣みなともに成仏だ」

「わが成仏の日は山川草木みな成仏する」


また「草木国土悉皆成仏」という言葉は平安時代から広く使われているそうです。室町時代に始まる能でもよく使われているそうです。確認されている最古の文献は9世紀後半、日本天台宗安然による『斟成草木成仏私記』だそうです。


大乗経典の「大般涅槃経」には「一切衆生悉有仏性」と説かれているそうです。「一切衆生」の捉え方が時代により、地域により、変遷していったのかもしれません。なお、「大般涅槃経」が成立したのは4世紀頃と考えられているそうです。


以下、関連ブログ記事です。

根本から思い出す

(1)ラディッシュ

野菜には、葉を食べるもの、根を食べるもの、茎を食べるもの、実を食べるもの、花を食べるものなど、様々な種類があるそうです。例えばジャガイモは茎、サツマイモは根を食べるそうです。ダイコンは大部分が根ですが、葉に近い部分は茎に分類されるそうです。

日本語のダイコン(大根)は文字通り『根』が語源ですが、ヨーロッパ原産のラディッシュ(radish)もラテン語の『根(radix)』が語源だそうです。


(2)ラディカル

同じくラテン語の『根(radix)』を語源とする言葉に「ラディカル(radical)」があるそうです。

本来は「根本的な」という意味のようですが、18世紀末頃から(=200年余り前から)「根本的な改革」というニュアンスを持つようになり、さらに踏み込んで「急進的」「過激」という意味にも使われるようになったそうです。

「根本的な改革」を主張する人たちは、現状は根腐れしているので一刻も早く総入れ替えすべき、と考えているのではないかと思います。一方で「根本的な改革」は不要と考えている人は、根っ子は健全なので取り替えるべきは枝葉だ、と考えているのではないかと思います。

両者の主張を理解しようと思ったら、現状に対する「根本的な理解」が必要になると思います。


(3)主張と共感

ところで、主張の仕方は人によって様々です。

  1. ある人たちは自分たちの望む結論がまずあって、結論に合う噂話を散りばめて話をします。そうすると、結論に共感する人たちの心に届くようです。結論や噂話が事実と合致するかどうかにはあまり興味がないようです。

  2. 別の人たちは、自分たちの信条がまずあって、その信条に合うかどうかで話をします。そうすると、信条に共感する人の心に届くようです。信条の正当性についてあまり突き詰めて考えてない方もいらっしゃるように思います。

  3. また別の人たちは、自分たちの怒りがまずあって、その怒りの解消を求めて話をします。そうすると、怒りに共感する人の心に届くようです。怒りの性質について、心理学的な観点から突き詰めて考えている方は少ないかもしれません。

他にも様々なタイプがあることと思いますが、いずれも「共感」がキーワードではないかと思います。主義主張は異なりますが、何に共感して欲しいか、何に共感してもらいやすいかに重きを置いている点では同じではないかと思います。

仮に「共感」がキーワードであるならば、逆に共感し合えない人たち同士で「根本的な理解」を共有することは可能でしょうか?


(4)根本を思い出す

理屈や感情では共感し合えない人たち同士で「根本的な理解」を共有しようと思ったら、すべての人間に共通するものをベースに話をするしかないのではないかと思います。

その要素とは「こころ」ではないかと思います。あるいは「いのち」ではないかと思います。理屈や感情よりも深いところにある根本的な「こころ」、肉体よりも深いところにある根本的な「いのち」、それらをベースに話をすることができたなら、すべての人が深く理解し合えるのではないかと思います。

もしかしたら、古代から伝わる社会(先住民と呼ばれている人たちの社会)ではこれらを大切にしているのではないかと思います。あるいは、古代から伝わる叡智はこれらを大切にしているのではないかと思います。ただ、現代人が忘れているだけではないかと思います。

もしもそうだとすると、大切な忘れ物を思い出すことができたなら、人々はより深く分かり合えるようになり、貴重なものでも分かち合えるようになるのではないかと思います。世界平和のためために必要なのは、共通の忘れ物を見つけることなのかもしれません。

親分子分関係と理想社会

(1)『何』対『誰』

世の中には議論をするときの心構えがオープンな人とクローズな人がいるように思います。

オープンな人は「何が正しいか?」に興味のあるようで、誰にでも心を開いて意見に耳を傾けます。一方、クローズな人は「誰がエライか?」に興味のあるようで、心を開く相手を選ぶようです。

前者の文化を持つコミュニティーは地味ながらも発展するように思いますが、後者の文化を持つコミュニティーは派手ながらも衰退していくように思います。


(2)親分子分関係

親分子分関係を重視するコミュニティーでは、後者のタイプの人が多いように思います。

そのため、親分子分関係から外れる人は、意思決定に参加できないばかりか、情報をもらうことすらできません。それだけでなく、敵意に基づく噂話が広められて、疎外されてしまいます。それを避けようと思ったら、親分子分関係に上手に入り込むしかありません。

そのため、親分子分関係が支配的な社会では、目に見えない親分子分関係のネットワークが網の目のように張り巡らされているのではないかと思います。そのネットワークに潜り込めれば安泰ですが、潜り込めないと使い捨てにされる危険性があるように思います。


(3)オープン対クローズ

日本では、親分子分関係がとても重視されるように思います。そのため、政官財学マなど、あらゆる分野で親分子分関係のネットワークが張り巡らされているのではないかと思います。

一方で、日本国憲法では三権分立が定められています。また、あらゆる分野で情報の透明性が求められています。これらの制度は、前述の「何が正しいか?」を重視する人たちにとっては重要な制度ですが、「誰がエライか?」を重視する人たちにとっては足手纏いな制度に見えているのではないかと思います。

そのため、親分子分関係を重視する人たちは、三権分立や情報公開を無効化したいと思っているのではないかと思います。法制度上の廃止は無理でも、実質的に廃止したいと思っているのではないかかと思います。


(4)椅子取りゲーム社会

それが近年の政界の動向に現れているのではないかと思います。

内閣人事局の創設や、不誠実な国会運営や、憲法改正(特に緊急事態条項)の目的は、親分子分関係を重視する人たちにとって理想的な社会を作ることにあるのではないかと思います。それは、親分の言うこと子分が素直に聞く社会、大親分の言うことを末端分子が素直に聞く社会ではないかと思います。

そのような社会は、親分に気に入られた人たちにとってはパラダイスかもしれませんが、疎外された人にとっては地獄ではないかと思います。

喩えるなら、壮大な椅子取りゲーム社会を作ろうとしているのではないかと思います。


(5)ジャパニーズ・ドリーム

日本は「出世」が重視される社会です。故郷へ錦を飾ることが尊ばれる社会です。

親分子分関係の中で出世していく生き方しか知らない人たちにとっては、壮大な椅子取りゲーム社会こそが「誰もが『ジャパニーズ・ドリーム』を体現できる社会」であり、「頑張った人が報われる社会」なのかもしれません。そのような社会こそが、親分子分関係を重視する人たちにとっての美しい理想社会なのかもしれません。

逆に、親分子分関係を苦手とする人にとっては、一生冷遇されることが約束された、苦難に満ちた社会になるかもしれません。


(6)新参者

話は戻って、、

コミュニティーに新参者があるときは、見えないところで取り合いが行われているのではないかと思います。親分子分関係に慣れた新参者であれば、上手に振る舞って親分子分関係のネットワークにすんなりと入り込めるのではないかと思います。しかし、慣れてない人は弾き出されて疎外されることになるかもしれません。

もしかしたら、日本では親分子分関係は生きていくための必須のスキルなのかもしれません。

そのような社会状況にあるからこそ、今の日本の現状があるのかもしれません。ひょっとしたら大多数の人にとっては、親分子分関係を前提とした社会こそが、理想的な社会なのかもしれません。それが選挙結果に現れているのかもしれません。

親分子分関係が苦手な私は、その辺りの世間の心情が大きく変わってくれることを望むばかりです…

大地と全体性

(1)壮大な循環

私たちは大地の上で暮らしています。でも大地って何だろう?

というわけで、土壌に関する入門書をいくつか読んでみました。成り立ちから見てみると、岩石の粉末を母材として、水と空気が混ざった中に、微生物や動植物が暮らしている、その全体を土壌というそうです。

すなわち大地とは、無機物があって、有機物もあって、生き物が暮らしていて、はじめて成り立つものだそうです。そして、無機物も有機物も生き物も、大きく見ると地球全体で循環しているそうです。

見方を変えると、大地とはガイアの壮大な循環が作り出した宝物である、とも言えるように思います。


(2)土壌の分析

土壌の分析は、物理的・化学的・生物的な視点から行われているそうです。

物理的には、厚さ、硬さ、保水性・排水性、浸食耐性などを見るそうです。化学的には、養分、pH、空気、有害物質などを見るそうです。生物的には、微生物や動植物の種類や働きを見るそうです。

このように、現代の分析技術と知見の範囲内での分析となるようです。


(3)切り取ってモデル化

さて土壌とは、ガイアの壮大な循環における、ある瞬間の姿でした。

すなわち、ある場所の土壌について本当に理解しようと思ったら、周辺の大地についても、気候等の地球規模の活動についても、近隣の人間の活動についても、理解する必要があると言うことだと思います。

しかしそれではあまりに大変です。

そこで、ある地点の土壌について、現代の技術と知見で分析できることだけに注目して、それ以外のこと(分析できないこと)については忘れてしまう。そして化学肥料や農薬等を使って、分析できる範囲の特性を大きく変えて、分析できない特性については無視する。そのような方法論が取られているのではないかと思います。


(4)暫定的・近視眼的な手法

より一般的に言えば、全体の中から注目したい部分だけを切り取って、手持ちの技術と知見だけを頼りに要素を分析してモデル化して、必要な対策を実施する。これが、現代的な方法論なのかもしれません。(現代においては、農業、医療、科学、工学、社会、経済等を含めて、あらゆる分野で行われていることではないかと思います)

見方を変えると、現代的な方法論は、要素還元主義をベースとした「ベスト・カレント・プラクティス」である、とも言えるように思います。

すなわち、本来は暫定的で近視眼的な手法であることが前提としてあるように思います。しかし往々にして発展途上の手法であることが忘れられて、完成された完璧な手法であるように誤解されることが多いのではないかと思います。


(5)局所的・短期的な手法

別の見方をすると、根本的な原因を追求することを忘れて、結果としての現象だけを分析して対策を実施するのが、現代的な方法論なのかもしれません。

これは、短期的には非常に威力を発揮する方法論だと思います。結果に直接影響を与える事柄だけに注目しているからです。目の前の緊急事態を回避する際には強力な方法論だと思います。

しかし、長期的には撹乱要因となるだけかもしれません。機序に対する根本的な理解がないまま系に影響を与えると、想定外の結果を招きかねないからです。これはすでに様々な分野で起きていることではないかと思います。

すなわち、暫定的・近視眼的・局所的・短期的な方法論であることを忘れて、完成された万能の方法論であるかのように誤解して大規模かつ長期的に適用されているがために、あちらこちらで行き詰まりを見せているのが現代の姿ではないかと思います。


(6)全体を見渡す

現代の行き詰まりを解消するためには、部分にのみ注目するのではなく、全体を見渡す必要があると思います。言い換えると、要素還元主義からホーリズムへと移行していく必要があると思います。

例えば、よくよく調べてみると、ある現象の原因が、全く関係のなさそうな別の箇所に見つかることはよくあることだと思います。逆に、局所的な対策のつもりが、全く関係のなさそうな別の箇所に大きな影響を与えていることもよくあることだと思います。あるいは、短期的には大きな効果を上げても、長期的には混乱の原因にしかならないことはよくあることだと思います。逆に、短期的には影響のなさそうなことでも、長期的には大きな影響を与えていることもよくあることだと思います。ですから、常に全体を見渡すことはとても重要なことだと思います。

ただし、現代的な方法論とは相性が悪いかもしれないので、成果はなかなか受け入れてもらえないかもしれません。そのため当面は、例えば民間療法・民間農法・民間○○のような立ち位置になるかもしれません。

しかし、とても重要な方向性だと思うので、コツコツと続けていく必要があると思います。


(7)インダストリア対ハイハーバー

ひょっとしたら、アニメ『未来少年コナン』で喩えるなら、現代的な方法論の行き着く先がインダストリアで、全体性に注目した方法論の未来の姿がハイハーバーかもしれません。(何でもコナンに結びつけてしまいます…笑)

そのくらい大きな影響のある違いではないかと思います。

今日の失敗談

(1)小型の二槽式洗濯機

2年半前(2018年9月頃)に小型の二槽式洗濯機を購入しました。それ以来、洗濯は手洗い・水洗いです。

洗濯するときは、洗濯槽で手洗いして、脱水槽で脱水します。電気を使うのは脱水機を回すときだけです。洗濯用洗剤を使わないので「すすぎ」は不要なので、あっという間に終わります。そこで毎日朝夕にちょこちょこ洗濯しています。そのお蔭で衣服は上下とも2着ずつあればOKです。

水洗いと言ってもお湯を使ってます。小型洗濯機をお風呂場に持ち込んで、シャワーでお湯を入れてます。排水はお風呂場の排水口に流し込んでます。

ちなみに洗濯機の大きさは幅55cm×奥行き36cm×高さ57.5cm、重さは約11kgです。私でも簡単に運べるサイズです。


(2)脱水槽が回らない

さて、今朝はタオルと足拭きマットを洗濯しました。まずタオルを洗って、脱水機にかけました。何か変です… 次に足拭きマットを洗って、脱水機にかけました。今度は脱水槽が回りません。。

どうやら電源ケーブル接触不良のようでした…

電源ケーブルは、細長いチューブの中に被覆電線が2本走ってるタイプです。チューブの一部が破れているのを長らく放っておいたのですが(ズボラですみません…)、よくよく見てみると、露出した被覆電線のビニールはなんとか繋がっているものの、内部の電線は切れかかってました。

電源ケーブルは洗濯機を使うたびに伸ばしたり巻いたりしていて、破れたのはちょうど巻き取りガイドに接触する部分です。擦り切れてしまったのかもしれません…

と言うわけで、電源ケーブルを修理することにしました。


(3)修繕内容

修理内容は単純です。

まず、擦り切れた部分を境に電源ケーブルを2つに切ります。次に、チューブを2〜3cmずつ、被覆のビニールも2cm程度ずつはがします。そして、元々一本だった電線どうしをしっかり巻き付けて、ビニールテープで覆って絶縁します。最後に、2本の電線をまとめてビニールテープで巻いて補強します。

こんな風にとても単純な作業なので、油断してしまったのかもしれません…


(4)失敗…

チューブを2〜3cmずつはがそうとしたときのこと。

購入から2年半が経ち硬化してしまったのでしょうか、意外と硬くて、カッターがなかなか入りません。

そこで力が入りやすいように持ち直して、「うん」とばかりに力を入れると、、スパッと抜けて、カッターの刃先は左手の親指の先っぽへ…

すぐにカッターを抜いて、ティッシュ・ペーパーで止血しました。

後でモノサシで計ってみたところ、切り傷の長さは11mmありました。深さは不明です。。


(5)全身はつながっている

カッターの傷なので、まったく痛みはなく、血もすぐに止まりました。

しかし、朝から夕方頃までは、左手の親指の先にちょっと圧がかかるとすぐに出血してました。例えば、紐をゆるく結ぶために左手の他の指に力を軽く入れただけで、親指の皮膚が左右に引っ張られてしまうのでしょうか、傷口が開いて出血しました。ちょっと重いものを持とうとして両腕に力を入れたときも、傷口が開いて出血しました。指にも力が入ったからかもしれません。

そんなこんなで何度も出血しました。そして、全身はつながっているんだなぁと実感することができました。

念の為、今日はじっとして過ごしました。お蔭様で、夜になる頃には傷口はだいぶん落ち着きました。

傷口は消毒せず、絆創膏もせず、空気にさらしています。経験的に、何もしない方が早く治るように思うからです。


(6)修繕完了

ところで、電源ケーブルの修理は、怪我したあとすぐに済ませました。

結局チューブも被覆も、カッターを使わず力任せに引き裂いて、不要な部分をハサミで切り取りました。電線どうしを巻きつけるのは簡単だったのですが、ビニールテープは上手に巻けませんでした。完治してからやり直した方が綺麗になるとは思いますが、面倒臭がり屋なので、このままになりそうです…

傷口にはティッシュ・ペーパーを当てていたのですが、修繕後に見てみると、床には何ヶ所か血が落ちてました。板の間だったので拭き掃除したところ「来た時よりも美しく」なりました。

以上、無意味に長文になってしまいましたが、今日の失敗談でした。

ソリティアの右脳的な解き方

(1)ソリティアの解き方

昨年8月上旬から思考能力のリハビリとしてソリティア(正式名クロンダイク)に取り組んでいます。

最近気が付いたのですが、私の解き方には大きく分けて2種類あるようです。

1つ目は、論理的に考えて解く方法です。場札、山札、組札をチェックして、自分なりの解き方のルールに則って思考して、1枚1枚カードを動かして解いていきます。(普段はこの方法で解いています)

2つ目は、潜在意識に任せる方法です。マウスの上に手を置くと、手が勝手に動いて、あれよあれよという間に解いてくれます。(どのようなタイミングでこのモードに入るのか、自分でもわかりません)

前者は左脳的な解き方、後者は右脳的な解き方ではないかと思います。


(2)右脳的な解き方

後者は不思議に見えるかもしれませんが、囲碁や将棋の「直観の一手」と同じような感じで、その場その場のベストな手を「直観の一手」として選んでいるのではないかと思います。そして潜在意識がマウス操作をしているのではないかと思います(ちょうど慣れた道で自動車を運転するときと同じような感じではないかと思います)。

ちなみに、左脳的な方法だと1回解くのに2〜3分かかりますが、右脳的な方法だと1回解くのに1分半余りです(最短記録は1分24秒)。

右脳的な方法で解くときは、マウスの動きが速すぎて、顕在意識の認識可能速度を超えています。言い換えると、潜在意識を上手に使えば、今よりずっと速く思考できるようになる可能性があるということだと思います。(今日まで9ヶ月間、2万4千回近くソリティアをプレーしているだけあって、こんな手品のようなことが起きるようです)

本来なら、(囲碁や将棋と同じように)右脳的な「直観の一手」と左脳のロジックの両方を活用しながら解きたいところなのですが、、現時点では右脳的な「直観の一手」を顕在意識が受け取ることができないので(まだ潜在意識でしか受け取れないので…)、もう少しリハビリが進んでからになると思います。まずは左脳的なロジック思考の速度を上げていくことからになると思います。


(3)脳内の流通革命

ソリティアに限らず、顕在意識が潜在意識のどことつながるか、あるいは肉体が潜在意識のどことつながるかで、できることが大きく変わるようです。顕在意識の能力が低いので、大きな違いが出やすいのかもしれません。

つながる先をコントロールできるとよいのですが、「そうは問屋が卸さない」状態です。脳内の「流通革命」が必要なのかもしれません。