法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

赦すも赦さないも自分の心のあり方次第かも…

(1)いたずら

乳幼児がいたずらしても、あまり腹が立たないと思います。逆に微笑ましいと思うかもしれません。

親しい人がいたずらしても、あまり腹が立たないのではないかと思います。逆に一緒に大笑いするかもしれません。

赤の他人がいたずらすると、腹が立つのではないかと思います。かなり険悪な雰囲気になるかもしれません。

この違いはどこから来るのでしょう…

(2)親切心

乳幼児の親切心から、結果的に人生に壊滅的な打撃を受けたとしたら、どのように感じるでしょう。

親しい人の親切心から、結果的に人生に壊滅的な打撃を受けたとしたら、どのように感じるでしょう。

赤の他人の自称親切心から、結果的に人生に壊滅的な打撃を受けたとしたら、どのように感じるでしょう。

その違いはどこから来るのでしょう…

(3)一体感

三者の違いは、相手との関係性でしょうか。例えば、一体感を持てるかどうか…

一体感を持てる人は何があっても最後は赦(ゆる)せるけど、一体感を持てない人はいつまでも赦せないとか?

そうだとしたら、たくさんの人と一体感を感じることができる人ほど、たくさんの人を赦せるということかしら…

逆に、周りの人と一体感を感じることのできない人ほど、赦せない人がたくさんいるということかしら…

赦せる・赦せないは、本当は相手によるのではなく、自分自身の心のあり方によるのでしょうか…