法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

分断される人々、併存する世界

(1)分断される人々

このところ、18〜19世紀の西洋音楽(いわゆるクラシック)を連続的に聞いています。映像を見ると、舞台には大編成のオーケストラや合唱団がズラリと並び、客席には大勢の人たちがギッシリと詰めかけています。このような大規模なコンサートに行く機会は、当面はないかもしれません。

人と人が直接会う機会が減ると、属性の異なる人と知り合う機会が猛烈に減るのではないかと思います。そして、ネットでの交流が中心になってくると、これまで以上に気が合う人どうしでしか交流しなくなるのではないかと思います。

その結果、同じような感性を持つ仲良しグループの結びつきが強まると同時に、感性の合わない人たちどうしの交流はほとんどなくなってしまうのではないかと思います。やがて、人々の物理的距離はほとんど意味を失って、感性が似ているかどうかだけが大きな意味を持つようになるかもしれません。

すなわち、感性の違いによって人々は分断され、個々のグループごとに異なる世界観を持ち、それぞれの世界観に基づいて暮らすようになるかもしれません。そして、異なるグループの人たちどうしでは、話がまったく噛み合わなくなるかもしれません。

その結果、同じ地球上で暮らしているにも関わらず、belief system ごとにまったく異なる世界観に基づいて生きることになるのではないかと思います。

(2)併存する世界

同じ世界観を持つ人たちとしか交流しなくなれば、それが天国のような世界観であれ、地獄のような世界観であれ、その世界観を現実世界で実現しやすくなるのではないかと思います。もしくは、実現されたと思い込みやすくなるのではないかと思います(エコーチェンバー現象)。

その結果、あるグループは幸せいっぱいな気持ちで暮らし、別のグループは恐怖におののきながら暮らすようになるかもしれません。また、あるグループは穏やかに暮らし、別のグループは波乱万丈・疾風怒濤のドラマチックな世界で暮らすようになるかもしれません。それが現実通りであれば長続きするでしょうが、ただの思い込みであればやがて崩壊することになると思います。

思ったことがすぐに現実化し、思い込みにバグがあればすぐに崩壊することが当たり前になると、同じ地球上で暮らしていながら、グループごとにまったく異なる世界を生きていくことになるかもしれません。ひとつの地球の上に、世界観の数だけ沢山の世界が併存するようになるのではないかと思います。

ネットの普及により、すでにそのような傾向は現れているようにも思います。それが今後ますます加速されていくのではないかと思います。

(3)青虫からサナギへ、そして蝶へ

それにしても、いつの間にか人間界はすっかり変わってしまいました。

喩えるなら、青虫がサナギとなり蝶になるように、過去の世界から一旦混乱期に入り、やがて未来の世界へと変わっていく過程なのかもしれません。はたしてどんな蝶になるのでしょう…

未来の世界はパラレル・ワールドなのか、ユナイテッド・ワールドなのか…