法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

誰もがやさしい気持ちで暮らしていける社会

イスラム世界を頻繁に旅している日本人が書いた本を読んでいたら、興味深い記述がありました。

イスラム世界では困っている人を助けるのは当然のこととされているそうです。ある街のレストランで貧しい人が食事をしていました。当然お金は十分には持ってませんし、レストランの従業員もそのことはわかっています。それでも食事をすることができるんですね。

ただし、お金がないので食事が終わってもすぐに帰ることはできません。レストランの他のお客さんが喜捨してくれるのを待って、それでお金を払ってから帰ります。著者は旅行者なので裕福に見えたのか、貧しい人もレストランの従業員も喜捨して当然のような態度を取るのだそうです。しかし、喜捨しても喜んでくれる訳ではなく、仮に金額が少ないと不満そうな顔をするそうです。

これは日本人の感覚では不思議に聞こえるかもしれません。しかし、貧しい人や周りの人がそのような態度を取ることができることで、貧しい人が卑屈にならずに暮らしていける優しい社会だ、と考えることもできると思います。逆にお金持ちは傲慢な気持ちを諌められる社会、お金持ちになればなるほど「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を心から実践せざるをえない社会なのかもしれません。

仮に歳月を経てまったく逆の立場になったとしても、卑屈になったり傲慢になったりすることなく暮らしていけるのではないかと思います。そうやって誰もが優しい気持ちで暮らしていける社会なのかもしれません。

イスラムってステキだなと思いました。