法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

ドロドロとハリボテとペルソナと

(1)心の傷と理想像

自己否定の心の強い人は、心に大きな傷を負っているのではないかと思います。無意識のうちにほんのちょっと刺激を受けただけで感情的になったり、時には我を忘れてしまったりするくらいに、心に大きな傷を負っているのではないかと思います。

そこで、心の大きな傷に無理矢理フタをして、代わりに自分の理想の姿を心の中に描いて、その理想像を演じようと頑張るのではないかと思います。心の傷が作った劣等感と正反対の姿を演じる人もいれば、劣等感を克服した姿を演じる人もいるのではないかと思います。

もちろん、最初は理想像を演じているだけで中身が伴っていません。しかし、劣等感を冷静に見つめることのできる人であれば、コツコツと努力を積み重ねて少しずつ理想像に近付いていけるのではないかと思います。ところが、劣等感を冷静に直視できない人は適切な努力ができず、中身を伴わないまま威勢だけで生きていくこととになると思います。心の傷が大きければ大きいほど、後者の傾向が強くなるのではないかと思います。

こんな風に、自己否定の心の強い人は、心の傷と理想像の二階建構造になっているのではないかと思います。(これは以前も書いたことがあるかもしれません)


(2)ドロドロとハリボテとペルソナ

世の中のほとんどの人は、心の中に様々な大きさの心の傷を負っているのではないかと思います。小さいものばかりという人もいれば、途方もなく大きな傷を負っている人もいるのではないかと思います。また、ほとんどの人は心の中に様々な大きさの欲望を持っているのではないかと思います。

心の傷と欲望が、心の中のどこかで多かれ少なかれドロドロと蠢いているのではないかと思います。そして、心の傷や欲望が刺激を受けると感情的になったり、時には我を忘れてしまったりするのではないかと思います。

心の中のドロドロは、様々な形で正常の思考を妨げているのではないかと思います。そのため、冷静に「思考」しているつもりでも、実際には情報のつまみ食いや論理の飛躍が頻繁に起きて、ドロドロの影響を受けた「想像」になっていることは多いのではないかと思います。ドロドロを織り込んでいるからこそ、事実よりも想像の方が「しっくりくる」のではないかと思います。その結果、事実関係とは異なる想像世界に生きている人は多いのではないかと思うことがあります。この想像世界のことを以下では仮にハリボテと呼びます。

心の中のドロドロの影響を受けて作られたハリボテは、心の傷を回避したり、欲望を取り込んだりしているぶん、事実とは異なります。新たな情報を突きつけられた結果、ハリボテが内部から崩壊しそうになると「不安」が生まれ、外部から破壊されそうになると「怒り」が湧き上がります。また、様々な人間関係を上手にこなすために、建前と本音があります。

さらに、ドロドロ感情とハリボテ世界の他に、人や場に合わせて適切な言動を取るためのペルソナ仮面も必要なようです。

したがって、多くの人の心の中は、ドロドロ(心の傷と欲望)と、ハリボテ(想像世界の本音と建前)と、ペルソナ(人と場に合わせた仮面)の三重構造になっているのではないかと思います。(結構複雑ですね…)


(3)純粋に好きなこと

しかし、純粋に好きな分野については、シンプルな構造になっているのではないかと思います。

おそらく、心の傷はほとんどありません。成功も失敗も、誉れも恥も、純粋に好きな分野を極めるための糧になることを知っているからです。純粋に好きな分野は、欲望ともほぼ無縁です。そのため、前述のドロドロがほとんどありません。

したがって、事実を純粋に見ることができます。良し悪しを純粋に論ずることができます。前述のハリボテもほぼ不要です(もちろん建前も本音もほぼ不要です)。

同じ分野を極めようとしている人どうしであれば、一般的な礼儀さえあれば、楽しく本気で会話できます。そのため、敢えてペルソナを使い分ける必要はありません。

したがって、純粋に好きな分野については、心の中にドロドロもハリボテもペルソナもほとんど必要なく、純粋に近い状態になっているのではないかと思います。そのため、身口意一致が実現しやすいのではないかと思います。「ワクワクすること」という言葉をよく聞きますが、もしも純粋に好きなことを指すのであれば、心の中がシンプルになる効果もあるように思います。


(4)文化の違い

古今東西、様々な文明が生まれ、様々な文化が生まれました。

文化圏によって大切に考えていることは異なると思います。多くの人が大切だと思っていることの周辺には、心の傷や欲望が生まれやすく、前述のドロドロが激しくなりやすいのではないかと思います。その結果、大袈裟なハリボテが生まれやすいのではないかと思います。ハリボテが大袈裟であればあるほど、怒りや不安の原因になりやすいのではないかと思います。

例えば、日本では親分子分関係が重視されているように思います。そのため、その周辺にドロドロとハリボテが発達しやすいのではないかと思います。上下関係を巡っては怒りや不安が発生しやすいため、権力闘争とも呼ばれるくらいに手段を選ばぬ戦いが起きやすいのではないかと思います。報道や小説やドラマでも、権力闘争は重要なテーマとなっているように思います。(勝敗を重視)

一方、欧米では正義が重視されているように思います。そのため、正義の周辺にドロドロとハリボテが発達しやすいのではないかと思います。正義を巡って怒りや不安が発生しやすいため、自分たちが考える正義を実現するためなら手段を選ばないのではないかと思います。報道や小説や映画でも、正義は重要なテーマとなっているように思います。(善悪を重視)


(5)アヒンサー

おそらく、自己否定の心がとても強い人についても、ドロドロとハリボテとペルソナで説明しなおすことができると思います。そうすると、自己否定の心の強さに関係なく、同じモデルで説明できるようになって私の中ではスッキリです。

仮に、あらゆる人の心の中を同じモデルを用いて語れるようになると、あらゆる人についてニュートラルな気持ちで語れるようになるかもしれません。あらゆる人について冷静に語れるようになると、アヒンサー(非暴力)に一歩近付けるのではないかと思います。

私はインドの伝統的な五戒のひとつであるアヒンサー(非暴力)を戒にしたいと思っています。人間の心の動きを分析することは、私にとってはアヒンサーに向けた重要な一歩です。道のりは遠いですが、少しでも近付ければと思っています。