法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

腸にとっての食事、土壌にとっての肥料

人間の血液中のミネラル成分は古代の海に似ていると聞いたことがあります(本当かどうかはわかりません)。

また、動物の腸は植物の根に似ていると聞いたことがあります(そして、どちらも微生物に支えられて活動しているそうです)。

その言に従うと、人間は海(血液)と土壌(腸)を体内に抱えて、皮膚や肺を通して大気と触れながら、生命活動を営んでいると考えることができるように思います。ロマンチックに考えると、人間はいつでもどんなときでも海陸空とつながって生きているんですね。

そのように考えると、腸にとっての食事とは、土壌にとっての肥料のようなものかもしれません。

そして、肥料に対する考え方が何種類もあるように(例:慣行農業・自然栽培)、食事に対する考え方も何種類もあるように思います。


例えば、体に必要な栄養素やカロリーを算出して、(個人差を無視して)推奨量を推奨時間に食べるという考え方があると思います。(栄養学的な食べ方)

あるいは、肉体の要求や限界を無視して、時間と財布の許す範囲で欲望にまかせて食べると言う考え方もあると思います。(グルメ的な食べ方)

逆に、権威も欲望も無視して、肉体の声だけに従って食べると言う考え方もあると思います。(野生的な食べ方)…(この場合、食事内容・量・頻度は個人差が大きくて、しかも世間の常識よりも随分と少なくなると思います)

肥料に対する考え方と食事に対する考え方は、対応関係が見つかるかもしれません。(例えば、学者的な考え方、「大は小を兼ねる」的な考え方、生命力を引き出す考え方、などなど)


私は希望としては肉体の声に従って食事をしたいのですが、、いつも欲望に負けて必要以上に食べてしまいます… ぷくぷく(笑)