法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

東京都フリースクール等ネットワーク(著)「学びを選ぶ時代」

東京都フリースクール等ネットワーク(著)「学びを選ぶ時代」を斜め読みしました。

学びの場を取り巻く状況に続いて、フリー・スクール、オルタナティブ・スクール(シュタイナー教育、デモクラティック・スクール、フレネ教育、モンテッソーリ教育など)、インターナショナル・スクール、マイクロ・スクール、ホーム・エデュケーションなどについて、それぞれ簡単に紹介されてました。また、具体例として東京都内の学びの場がいくつか紹介されてました。巻末には全国のスクールリストが掲載されてました。

以下は、この本を読みながら思い出したことです。この本の内容とは直接は関係ありません。


(1)学び方のタイプ

学校に通っていた頃のことを思い出してみると、個々の科目の内容は覚えてませんが、勉強に対する態度は人によって大きく異なっていたように思います。

例えば、授業をしっかり聞いて覚えることが勉強だと思っている人(上意下達タイプ)、授業をちょっと聞いて空想を膨らませることが勉強だと思っている人(忖度タイプ)、自分なりの理解方法を深めることが勉強だと思っている人(探求タイプ)、などなど…

タイプによって、どの先生がわかりやすいと思うかが違っていたのではないかと思います。タイプごとにクラス分けされてると、先生も生徒も幸せ度が高かったかもしれません。


(2)自分のタイプとは一生の付き合い

学校生活で身につけた学び方のタイプは、社会に出てからも、なかなか手放せないのではないかと思います。勤務先で上長やお客様の話を聞くときの態度、社会情勢を理解するときの態度、暮らしの知恵を学ぶときの態度、などなど。どんなときでも、ついつい自分が一番得意なタイプで学ぼうとするのではないかと思います。

学校で習った科目の細かい内容はあっという間に忘れてしまいますが、学校生活で身につけた学び方のタイプは、ひょっとしたら一生の付き合いになるかもしれません。このように考えると、学び方のタイプこそが、学校で習う一番重要なことではないかと思います。(学校を選ぶ際にも、一番重要なポイントかもしれません)


(3)相手のタイプに合わせる

それなのに、学校に通っていた頃には、そんなことは気にしたことがありませんでした。社会に出て、摩訶不思議な体験をたくさんして、それを思い返しながら類型化を試みる中で、最近になってようやくタイプの違いに気付きました。

例えば何かを伝えるとき、相手の学び方のタイプに合わせて説明しないと、大きな誤解を招きやすいように思います。もっとも、自分と異なるタイプに合わせて説明するのは、とんでもなく難しいことですが… (例えば私の症状を伝えるときも、私とタイプの違う人には誤解されやすいように思います)


(4)コミュニケーションの壁

学び方のタイプの傾向には、地域差・経歴差・世代差があるのではないかと思います。

もしかしたら、これはコミュニケーションの大きな壁のひとつとなっているかもしれません。そして、飲みニケーションでは解消できない壁かもしれません。

(人間関係のあり方も、学び方のタイプを反映したものになっているのではないかと思います。例えば上意下達タイプの人は、上下関係を強く意識した人間関係を構築しようとするなど…)

学び方のタイプの違いがすぐにわかるようになると、もう少しコミュニケーションが楽になるかなぁ… などと思いつつも、そもそも私はコミュニケーション自体があまり得意ではないので、一生苦労するかもしれません。

前述の本を読んで、このようなことを思い出しました。一人一人にあった学び方のタイプに出会えますよう。