法楽日記

デジタル散策記&マインド探訪記

分断から再構築へ

(1)配慮は大切

昨年7月頃から、COVID-19 の危険性はインフルエンザと同程度だと思うようになりました。

ご存知のようにインフルエンザは決して侮れなくて、重症になったり亡くなられたりされる方々は毎年たくさんいらっしゃいます。同じように COVID-19 も重症になったり亡くなられたりされる方々はこれからも毎年たくさんいらっしゃることと思います。

統計を見比べてみると両者の危険性は同程度のようなので、COVID-19 はインフルエンザと同程度の対策(一昨年までと同程度の対策)で十分ではないかと思っています。

そのため、COVID-19 は SARS 級のウイルスだと思っておられる方々への配慮が不足しがちです。ノーシーボ効果(下記記事参照)の可能性を考えると、疎かにしてはいけないと思っています。元々、人が集まるところにできるだけ顔を出さないこともあって、うっかりしがちです。

今日も自転車で買物に出掛けました。寒かったのか、お店に着くと鼻がしゅんしゅん言うようになりました。時節柄、不安な気持ちになられた方がいらっしゃったかもしれません。誠に申し訳ありませんでした。


(2)社会の分断

COVID-19 に対する考え方は人それぞれだと思います。世間の一般的な考え方は存じ上げませんが、死神ウイルスと思っておられる方から、空想の産物と思っておられる方まで、様々な考え方があるのではないかと思います。マスクや消毒に対する考え方も様々ではないかと思います。

感染症対策が生み出す社会的分断に加えて、このような考え方の違いによる分断も、COVID-19 によって生まれているように思います。

現代社会では、社会的立場による分断、政治的見解による分断、生まれの違いによる分断、天災・人災による分断等々、たくさんの分断が生み出されています。蓄積されてきたたくさんの分断が解消するまで、どのくらいの年月が必要となるのでしょう… あるいは、分断が解消される速度よりも、新たな分断が生み出される速度の方が、ずっと早いのかもしれません。

私たちは共通の精神的基盤を失ってしまったのでしょうか… これからも分断され続けるしかないのでしょうか…


(3)社会の再構築

もはや、分断の解消を図るより、社会の再構築を目指した方が早いかもしれません。

そのためには、新たな共通基盤を持たないといけないと思います。

私の思う共通基盤は、誰もが等しく持つ「いのち」です。生きとし生けるものすべて、さらには存在するものすべてを尊ぶ社会。役割の違いはあっても、尊卑の区別のない社会。アタマで考えた理屈より、「いのち」に素直に生きることが大切にされる社会。そんな社会を作っていけるといいな…


万一、ここで共通基盤を選び間違えると大変な未来がやってきます。誤って、正義対正義や正神対正神のような争いの絶えない未来となりませんよう… アタマで捻り出す社会から、イノチがことを運ぶ社会となりますよう… そして無為自然自然法爾に生きていけますよう…